ルブリン

  マイダネク収容所から北西に5km程のところにルブリンがあります。ここはバルト海と黒海を結ぶ線上にあり交易が盛んで10世紀頃から発展してきた街です。その便利さの為に多くの国々の侵略にもあってきました。最も新しいのはナチスドイツで1939年9月の爆撃後に占領されたのです。その占領は1944年7月まで続くのです。

  戦後かなりの建物が復元されました。下1はルブリン城の中の円形の大きな塔です。下2は、その塔の手前にある井戸です。覗いてみたのですがかなり深く底までは暗くて見えませんでした。大きな丸太の先に木製の輪が取り付けてあり、それを廻して汲み上げたのです。かなり大きなバケツで汲み上げたと思われます。その近くに大砲がありました。侵略する国に向かって数多くの砲撃を繰り返したと思います。今はもう沈黙していますが、多くの戦争の歴史を見て来たのでしょう。

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  下1は城から市街地への移動の途中に会った子ども達です。小学校の遠足の様でした。先生も一緒にいましたから。快く手を振ってくれました。気持ちが良かったです。実はこの前に訪れたザモシチの広場にいた青年達は何か変な目つきをしていたので、よりさわやかに感じました。

  下2はルブリン城の全景です。美観よりも実質的な防備に力を入れた城のように感じました。それがこの街の持つ宿命なのでしょう。下3はクラコフ門です。なぜルブリン門と言わないのか不思議に思いました。次に訪れる街がクラコフと言う街なのでそう思いました。

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  旧市街にある教会へ行きました。ポーランドでは結婚式は土曜日に教会でと言うのが定番なのだそうです。大安もくそもありません。玉姫殿なんかもありません。と言うガイドさんの説明通り、その教会で結婚式がありました。今日はまさに土曜日だったのです。ガイドさん先頭にツアーのみなさん全員式の最中の教会の中へ。静かにしていれば誰が入っても良いそうです。

  これ又日本と違いますね。そんなことは我が国では到底出来ません。10分ぐらいで外へ出ましたが、中では賛美歌?を歌っておられました。多分費用もそんなにはかからないと思います。日本の結婚式は、ちょっと派手で贅沢ですね。下1、2はその教会の前にいた子ども達です。可愛かったので思わずパチリ。
  
   これこそポーランドの子と言った可愛らしさでありました。拡大して下さい。心が安まります。ラファエロの絵画に出てくる天使のような姿でした。やはり江戸時代に日本人ではあの絵が描けないのは当然だと妙なところで感心しました。(当たり前の事なのですが。)下3は質素で良いなあと思っていたのですが、多分新郎新婦が乗る車がありました。ベンツでっせ。見栄はらんでもと思いましたが。私の思いはまったくよけいなお節介でした。

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