クラコフ

  ルブリンに宿泊して次の日クラコフへバスで行きました。クラコフは14世紀末にポーランド王国のヤギェウォ王朝の首都として発展しました。その当時チェコのプラハ、オーストリアのウィーンと並んで中央ヨーロッパの文化の中心として栄えたのです。そして第2次大戦では奇跡的に破壊を免れ今も昔のままの姿が残っている美しい街です。

  ナチスの本部があったためとガイドさんから聞きました。下1はバルバカンと呼ばれる15世紀に建てられた円形の砦です。ここから旧市街に入るのです。昔は周りを城壁が取り囲んでいたのですが、現在はこの近くだけ残っています。もうここからはバスなど進入禁止なので歩くしかありません。中に入るとまるで中世の時代に来たような気がしました。歩いている人達が当時の服装であればもう中世の撮影が出来ます。今回カメラの不調で部分的にピントがぼやけてしまって申しわけ有りません。

  帰国後すぐに修理に出しました。デジカメの欠点でしょうか、記録する場所に静電気などがつくと点の間の細かい区別が出来なくなる様です。せっかくの記録ががっくり。残念でした。その辺我慢して下さい。下2はフロリアンスカ門です。バルバカンのすぐ先にあります。かなり高く見張り塔も兼ねていたような感じです。戦闘の為の実用的な造りです。門を入り500m位で中央市場広場に出ます。下3はその中心にあった銅像です。若者が上の方まで昇り腰をかけていました。   

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  その中央広場にあるひときわ目立つ高い教会が聖マリア教会です。1222年に建てられたゴシック様式の美しい教会です。この教会には悲しい話が残されています。昔モンゴル軍がここまで攻めてきた時に来襲を報せるためにラッパ手がこの教会からラッパを吹いたのです。その時にモンゴル軍の放った矢がラッパ手の喉に突き刺さり絶命したという話です。

  現在でも毎時0分になると、教会からラッパが鳴るのです。当時と同じように演奏の途中でそのラッパの音が消えるのです。私達もちょうどその時間に下でその音色を聞きました。録音ではなく生なんですよ。終わった後思わずみなさん拍手をしました。下2の2本ある塔の右側の1番高い窓がそうです。もしここへ来られたら是非ラッパを聞いて下さい。

  下3は同じ広場にある旧市庁舎です。塔の上に直径3mの大時計があります。下4はヴァヴェル城の大聖堂です。1364年の創建で戴冠式などに使われました。歴代のポーランド王や英雄の遺体が教会の地下に安置されています。

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   下1は中央ヨーロッパではプラハのカレル大学の次に長い歴史を誇るヤギェウォ大学です。1364年のに出来たのです。日本では室町時代ですよ。外国は進んでますね。現在はクラコフ大学の一部になっています。ここではあのコペルニクスも学んだのです。この階段をあの天文学者も歩いたかと思うと感慨深かったです。なかなか雰囲気ありました。

  下2は帰り道に見かけたパン屋さんです。カイロでも見た真ん中に穴のあいた丸いパンでした。穴があいているから焼きやすいのでしょうね。以上クラコフでした。    

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