アウシュビッツ収容所3

  下1は死の壁の横にある11ブロックの収容棟にある地下牢の通気口です。小さな穴が空いているだけのが通気口なのです。地下牢にいる人はここだけが酸素の入り口なので苦しかったと思います。又冬など雪や氷で目が詰まってもそのままだったそうです。もう牢屋ではなく窒息による処刑室と同じだったのです。

   下2は立ち牢の内部です。今は中が見られる様にブロックがありませんが、実際は色の違う灰色の部分が部屋なのです。その廻りにブロックがあったのです。1辺が90cmの正方形でそこに4人が押し込まれたのです。寝ることも座ることも出来ず、立ったままで何時間、いや何日も閉じこめられたのです。空気穴も小さな穴です。

 その右が立ち牢の入り口です。下の木の扉です。3つほど部屋がありました。私なら発狂してしまいます。それほど恐ろしい場所です。 

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 下1は隣にある第10ブロックの収容棟です。ここは医師達が収容者を使って数々の人体実験を行った場所です。新しい薬の投与実験や、有害物質を皮膚に塗ってその効き目を調べたり、皮膚移植をしたり、どこまでやれば死亡するかなどの実験をしたのです。ガスや火傷や窒息や餓死や血管への空気注射やあらゆる種類の注射をするなどまったくモルモットと同じです。

  ある医者はユダヤ人の頭蓋骨の研究と称していとも簡単に収容者を殺して頭蓋骨の見本を作成したのです。しかも大量にです。子どもも例外ではなかったのです。下2はガス室と焼却炉です。下3が内部の地下のガス室です。広さは210u(約630坪)あり、そこへ2000人が押し込まれた。そして扉が閉められ、天井からチクロンBが放り込まれたのです。

  中にいた人間は15分から20分の間にもがき苦しみながら全員死んだのです。ガスは青酸ガスです。前にも書きましたが、金歯が抜かれ髪の毛が切られ指輪やピアスが抜かれたのです。そして死体はすぐ横にある焼却炉へ。何と壁1枚向こうに焼却炉があったのです。

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 下が焼却炉です。3台あった内の2台が当時のままの姿で残されていました。ここでは1日に350人の死体が焼かれたのです。そして死体が多すぎる場合は積み上げるために外へ運ばれたのです。1台に3人が同時に入れられたのです。

 下3の部分は実際にさわってみたのですが今でも十分動きました。こんなにも完全な形で残っているとは驚きでした。

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